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Vatican Millennium , Vatican Millennium
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Vatican Millennium , Vatican Millennium
ジャーナリストの南里空海さんからヴァチカン取材の相談を受けたのは、1999年春のことだった。ヴァチカンでは、キリスト生誕2000年という節目を祝う『大聖年』を間近に控え、歴史的な宗教行事が目白押しだった。日本のカトリック関係者の尽力によって取材許可を得た私たちは、ミレニアムの予備段階ともいえる、世界諸宗教平和集会取材のために、1999年10月、取材を開始した。関係者からは、ローマ法王の儀式に参加するにはダークスーツ着用が慣例なので忘れないようにという助言を受けていた。
ヴァチカンでは毎週水曜日に、法王が一般信者の前に現れ謁見が行われている。午前10時ちょうど、白いジープのオープンカーに立った法王が現れると、サン・ピエトロ広場を埋め尽くす大群衆から一斉に拍手と歓声が起こり、広場は熱狂に包まれる。法王さまを一目観るために世界各地から訪れた巡礼者にとって至福の瞬間である。なかには目を潤ませている者も少なくなかった。広場では祈りが捧げられ、その日の巡礼団の出身国にあわせ数カ国語で法王の挨拶があり、そして最後に、選ばれた人々が法王の前に跪き祝福を授かるのである。
私は特別の許可を得て、一般信者の前に設けられた記者席で撮影を許されてはいたが、それでも距離があり、思うようなショットは撮れないでいた。法王は’81年にこの広場でテロリストに狙撃され瀕死の重傷を負っているだけに、警備は厳重を極めていた。
そんなある日のこと、ローマ市郊外の教会で法王自ら日曜のミサを行うので撮影してもよいという連絡があった。あまり期待もせず行ってみたところ、そこは、ある団地に付随する小さな教会だった。予想外だったのは、出迎えた子供たち一人ひとりを祝福する法王の顔に輝きが溢れていたことだ。ファインダーの中の表情は、ヴァチカンでの公式行事では見せたことのない慈愛に満ちており、子供好きとは聞いていたが、孤高の法王にとって至福のひとときであるらしかった。
東西冷戦に世界が翻弄される1978年、ヴァチカンはその渦中で苦悩するポーランド出身の枢機卿、カロル・ヴォイティワを第264代目のローマ法王に選出した。ポーランド人としてもちろん初めて、しかも58歳という若さでカトリックの頂点に立ったヨハネ・パウロ2世は、祖国の窮状と精力的に向き合った。教会の力を結集して民衆を支え、ついには共産主義終焉の先鞭をつける大仕事を成したのであった。
現法王は、ミレニアムの到来を機に、カトリック教会が歴史的に犯してきたさまざまな過ちについて「私は赦しを請う」というかたちで謝罪を表明してきた。それらはユダヤ人虐殺に対する教会の沈黙や、大航海時代の植民地政策との結託をはじめとして、歴史への反省を率直に表明したもので、法王が唱える諸宗教の和解と対を成すものであった。だが、平和の使徒の願望に反し、ミレニアムの幕開けとともに世界を覆ったのは、宗教の名によるテロリズムと殺戮の応酬であった。
―高知新聞連載記事「異次元の大地へ」より転載―